
大和証券と日本マイクロソフトが戦略的枠組み締結。AI エージェント活用で「お客様の資産価値最大化」実現に貢献
「貯蓄から投資へ」の大きな潮流が生まれる中、お客様一人ひとりへのきめ細かなサポートをすべて”人”で行うことが果たしてお客様の利便性につながるのか。大和証券が注目したのは、自ら判断し自律的に行動するAIエージェントでした。
2025年6月、大和証券と日本マイクロソフトは戦略的枠組み契約を締結。AIエージェント活用により「お客様の資産価値最大化」の実現を目指します。AIオペレーターを半年で開発した成功体験をもとに、全業務の変革に挑む両社の取り組みをキーマンに聞きました。
■対面でもネットでもない。お客様をサポートする「新しい選択肢」、AIエージェント
「AIエージェント登場の前と後では、効率化を語るレベルが変わります。RPA(Robotic Process Automation)をどんなに活用しても、業務効率を 100 倍向上するという数字は現実的ではありません。しかし、AI エージェントなら、それを実現できる可能性があります」と、大和証券 常務取締役 板屋篤氏は指摘し、こう続けます。
「AI エージェントは、目標達成のために自ら学習・判断し、自律的に行動します。生産性や創造性の観点で、“AI エージェントを上手く活用できるか”によって、企業も従業員個人も大きな差が生まれるでしょう。当社はパイオニア精神を尊ぶ企業文化があるため、失敗への危機感よりも、AI エージェントという新たな可能性にチャレンジするワクワク感の方が勝っています」(板屋氏)
大和証券が AI エージェントに期待を寄せる背景には、「貯蓄から投資へ」の大きな流れがあります。2024 年 2 月の日経平均株価の34年ぶり最高値更新がその象徴的な出来事でした。こうした状況を受けて策定されたのが、大和証券グループ「中期経営計画~“Passion for the Best”2026~」(2024年度~2026年度)です。その中核となるのが、グループ経営基本方針「お客様の資産価値最大化」です。
金融の新たな潮流を生かし、「お客様の資産価値最大化」をいかに実現するか。投資初心者が安心して資産を運用できる環境づくりが急務となっています。
「これまでお客様サポートは、対面によるコンサルティングか、オンライントレードによるインターネットを通じたサービスか、この 2 つの選択肢しかありませんでした。金融業界の真のビジネスチャンスは、この 2 つの間にあると考えています」と板屋氏は語ります。
「『貯蓄から投資へ』の流れが広がるほど、お客様からの問い合わせは増大します。しかし、すべてを“人”が対応するのは現実的ではありません。対面とネットの間を埋める新しい選択肢となるのが、AI エージェントです。AI によるお客様支援には 2 つの側面があります。1 つはお客様への直接サポート、もう 1 つは業務効率化による従業員のお客様対応時間の創出です。この 2 つを組み合わせることで、より多くのお客様の資産価値最大化に貢献していきます」(板屋氏)

大和証券株式会社 常務取締役
板屋 篤 氏
■お客様を待たせない。AI オペレーターをわずか半年で開発
大和証券における AI エージェント活用の第一歩が、AI オペレーターです。その仕組みについて板屋氏が説明します。
「お客様からの電話によるお問い合わせに対し、音声をテキスト変換したうえで、API などを使って FAQ やマーケットのデータと連携させます。生成 AI により回答をテキストで作成し、それを音声に変換してお客様に回答します。この一連の流れを、人の手を介さずに複数の AI エージェントが自律的に実行しています」
金融業界に限らず、電話による問い合わせへの待ち時間の長さは、顧客満足度向上における大きな課題となっています。AI オペレーターサービスは、お客様を待たせることなく 24 時間年中無休でサービスを提供します。また、コンタクトセンター業務の一部を AI オペレーターが担うことで、人でしか対応が困難な高度なサポートに集中する時間を創出できます。
AI オペレーターのアイデアは、フィンテックに関する総合イベント「FIN/SUM(フィンサム)2024」でのマイクロソフトによるデモンストレーションから生まれました。AI エージェントによる次世代コールセンターの可能性を目の当たりにした大和証券は、この発想を具現化するためマイクロソフトに相談。考え方や革新性に共感したマイクロソフトの技術支援のもと、わずか半年という短期間で開発・リリースを実現しました。
このような短い期間で開発できた理由について、大和証券 デジタル推進部長 植田 信生氏は次のように振り返ります。
「マイクロソフトの技術支援はもとより、マイクロソフトから紹介を受けた AI システム開発に強みを持つ ITベンダーの技術力と情熱が、短期間開発に大きく貢献したと考えています。当社のチャレンジングな要求にも応えてくれました。また、100% の完成度を最初から求めなかったこともポイントでした。AI オペレーターのプロトタイプ完成後、2 カ月間のテストと改善を繰り返し、お客様に提供しても問題ないレベルに到達することができました」
2024 年 10 月、大和証券は株価・マーケット情報から一般的な手続きまで広範な内容に対応できる AI オペレーターサービスの提供を開始。リリース後も、AI を活用したモニタリングツールを使って回答内容を継続的にチェックし、完成度を高め続けています。

デジタル推進部長 兼 大和証券グループ本社 デジタル推進部長
植田 信生 氏
■全業務の生産性、創造性向上に向け戦略的枠組み契約を締結
大和証券は、AI オペレーターの成功体験のもとに、AI エージェントの活用拡大に取り組んでいます。しかし、業務の数だけ AI エージェントのニーズは存在します。それらに応えるため、2025 年 6 月、大和証券は日本マイクロソフトと戦略的枠組み契約を締結。AI エージェント活用の企画、開発、運用、教育まで、包括的かつ一貫したマイクロソフトの支援を受けることが可能となりました。
戦略的枠組みの中で、どのように AI エージェントを活用した業務変革を進めていくのでしょうか。板屋氏が具体例を挙げて説明します。
「例えば、これまでお客様への提案内容は、営業員が情報を調べて先輩と議論しながら作成していました。AI エージェントを活用することで、経験の浅い営業員も短時間で提案内容の素案を作成できるようになります。マイクロソフトの支援のもと、営業を支援するミドルバック部門も含め、全従業員の業務効率が飛躍的に向上する取り組みを進めていきたいと考えています」
AI エージェントという新しいテクノロジーを使いこなすためには、それに応じた教育も不可欠です。
「今回の戦略的枠組みには、人材育成の支援も含まれています。当社で用意している教育プログラムに不足しているピースを、マイクロソフトに埋めてもらうことで、充実したトレーニングのラインナップが完成すると思います」と植田氏は期待を込めます。
戦略的枠組みは、単なる技術支援にとどまりません。大和証券の経営戦略とリンクし、成長や課題解決に貢献するものです。「今回の締結において、日本マイクロソフトとは、AI エージェント活用に関して主に 2 つのテーマを議論しました。1 つ目が、富裕層・資産形成層向け資産管理サービスにおいて、お客様理解を深化させ、次世代ウェルスマネジメント体験を創出すること。2 つ目は、従業員の能力最大化です。AI エージェントにより自動化を推進し、従業員はお客様に寄り添った業務に集中できるようにすることです。議論を重ねる中で、一緒に取り組んでいけると確信しました。『お客様の資産価値最大化』という、当社の考え方を理解し共有している点が、今回締結の決め手となりました」(板屋氏)
生成 AI や AI エージェントの分野は急速に進化を続けています。「私たちが見ている世界は、現在の技術レベルで実現しているものです。1 年後には、今はできないと思っていたことが実現している新しい世界になっていると思います」と植田氏。
「マイクロソフトは、グローバルで生成 AI 分野を牽引する存在です」と板屋氏は評価し、こう続けます。「将来を見据えた AI 戦略を組み立てるうえで、戦略的枠組みの中でマイクロソフトの知見に基づく情報提供や議論に期待しています」
■業界のパイオニア、大和証券の取り組みに見る成功の鍵
日本の金融業界は大きな節目を迎えています。過去 30 数年にわたる停滞時期から脱却し、反転攻勢に出る機会が到来しました。その推進力となるのが、生成 AI や AI エージェントといった新しいテクノロジーです。
「ここ数年で、これまでにはない金融ビジネスモデルが日本で生まれてくることを期待しています」と、日本マイクロソフト 執行役員 常務 金融サービス事業本部長 荒濤 大介氏は語ります。
「情報流通を司る金融業界と、データを価値に変える生成 AI は相性がいいと考えています。膨大なデータの活用により、既存の延長線上ではなく、全く新しい価値を生み出す非連続なビジネスモデルの創出につなげることができます。また、AI エージェントを複数組み合わせることで、従来人手で行っていた業務を自動化し、生産性の飛躍的向上が図れます。それも段階的変化ではなく、数万人規模で行っていた作業を圧倒的少人数で実現する可能性を秘めています」

執行役員 常務 金融サービス事業本部長
荒濤 大介 氏
高いポテンシャルを持つテクノロジーも、目的を実現するための手段に過ぎません。荒濤氏は大和証券との協業について、「大和証券グループの経営基本方針『お客様の資産価値最大化』に対する考え方をお聞きし、それに共感したことで、AI オペレーターという新しいモデルを一緒に検討し、開発を支援しました。AI オペレーターの取り組みに手応えを得て、全業務の生産性や創造性を向上すべく、戦略的枠組み契約を締結し、さまざまな取り組みを進めています」と話します。
AIエージェント活用における成功ポイントについて、荒濤氏は言及します。
「生成 AI や AI エージェントの技術進歩は想像以上に速いという認識が重要です。大和証券様は、業界のパイオニアとしていち早く取り組み、技術進歩と歩調を合わせて AI エージェントを進化させていく戦略をとっています。技術の成熟や成功事例を待っていては、先行企業との差が開くばかりです。大和証券様の取り組みは、金融業界の成功モデルになるとともに、『AI と人間が共生する時代』の働き方を示す指針になると考えています」
大和証券と日本マイクロソフトの戦略的提携は、「貯蓄から投資へ」の時代の流れを受けた、金融業界の未来を見据えた重要な取り組みです。AI エージェントを活用した「お客様の資産価値最大化」への挑戦は、日本の金融業界全体の競争力向上と、「AI と人間が共生する時代」の新たなスタンダード創出に大きく貢献していくことが期待されます。